キンダイスイドウハッショウノチ(ニホンサイショノチョスイジョウアト)
近代水道発祥の地(日本最初の貯水場跡)
〈地域史跡 市登録文化財 平9.11.4指定〉
西区老松町に所在。開港から10年、明治政府治下の横浜は発展途上にあり、港の発展とともに著しく人口が増加し、水不足が生じていた。創設水道以前の明治3年(1873)、高橋嘉右衛門ら有力な横浜商人有志により、多摩川の水を利用した「木樋(もくひ)水道」が完成し、横浜市中に給水したが、漏水事故等により程なく経営不振に陥り、事業を神奈川県が引き継いだ。その後、明治16年(1883)、県はイギリス人技師H.S.パーマーをまねき水道建設を委任。明治18年、水源地を相模川(道志川)とした工事が開始され、明治20年9月洋式水道が完成し、同年10月の野毛山貯水場から市内に配水が始まった。これが近代水道のはじめである。明治23年、県から横浜市に事業が引き継がれた。
作者:
時代/作成:近現代
法量: