Q&A

Q : 木製遺物の保存方法にはどういうものがあるのですか?

疑問があるのですが、木製遺物はどうやって保存しているのでしょうか。教えてください。
(町田市 佐藤 佑哉さん 高校2年生)からのご質問

A 遺跡を調査していると土器や石器などだけではなく、木製品などの有機質(ゆうきしつ)の遺物が出土する場合があります。ただし、有機質の遺物の多くは、通常の遺跡からはあまり多くは出土しません。なぜなら、腐って分解してしまうからです。しかし、貝塚や周囲に湧水があり土中の水分量が多いような場所からは有機質の遺物の出土がみられます。これは、木材が腐るための条件の一部が欠けていたためにおこる現象と考えられています。


 そもそも木材が腐るということは、木材腐朽菌(もくざいふきゅうきん)が木材を朽(く)ちさせることをいいます。言い方を変えれば、木材についた菌が木材の中の栄養分を吸収する過程で分解していくとでもいいましょうか。こうした現象がおこるためには、木材腐朽菌が繁殖(はんしょく)できなければなりません。その条件として、菌が生きていくのに必要な栄養分(この場合木材)、適度な水分、繁殖しやすい湿度、そして酸素の4つがあげられます。この4つの条件のうちの一つでも欠けてしまうと菌はうまく繁殖することができずに、結果として木は腐らずに残ることになります。


 さきほどの例では、水分量が多く泥炭質の土壌中においては、湿度が高すぎて酸素が少ない状態であったため、菌が繁殖できずに木製品が残存していたということになります。ダムを造るために沈んだ村に生えていた木が渇水期にそのままの状態(もちろん葉っぱ等はありませんが)で湖の底から出てきたというニュースをご覧になったことがあるかと思います。これも同じことです。


 こうして見つかった木製遺物は、長い間水に浸かっていたため、繊維の中まで水がしみ込んでいるような状態で、いってみればスポンジや高野豆腐が水を吸っているのと同じ状態といえます。一旦、土中(あるいは水中)から取り出してしまうと徐々に乾燥が始まります。木材は急激に乾燥したりすると変形してしまいます。割り箸等が反っているのをみたことがありますよね。それと同じような現象が遺物にも起こってしまうのです。


 せっかく昔の人たちが使用していた道具がそのままの形で出土したのにもかかわらず、掘り出してしまったために変形させてしまったら元も子もありません。ですから、出土した木製遺物についてはその保存方法に気をつける必要があります。ここでやっと佐藤さんが疑問に思われている保存方法のお話になります。前置きが長くなってすみません。


 遺跡から出土した木製品を保存する場合には、いくつかの方法があります。


 長い間水に浸かっている木材は、その繊維の間に水分が浸透(しんとう)している状態になっています。この木製品を土中(あるいは水中)から取り出すと、水分の蒸発(乾燥)が始まります。ですから、遺跡から埋蔵文化財センターへ持ち帰ってくるまでは、土中にあった時と近い状態、すなわち水につけた状態で持ち帰ってくるようにします。こうすることで木材の乾燥を抑えるほか、木材腐朽菌の繁殖を抑えることができるからです。


 持ち帰った木製遺物は、水につけた状態で表面に付着している泥などをきれいに洗い落とし、水を入れたビニール袋や遺物収納箱にいれた状態で保存しておきます。


 概ねはこの様な方法で保存しておきますが、含浸(がんしん)といって木材の繊維の間に含まれている水分を別の溶液等に置き換えることでことで、劣化(腐敗)をおさえるといった方法をとる場合もあります。この含浸法にもいくつかの方法がありますので紹介します。


 まずはPEG含浸法(がんしんほう)という方法を用いた保存方法です。PEGとはポリエチレングリコール(polyethylene glycol)の略称で、出土した木製品をこのポリエチレングリコールという物質に長時間浸しておくことで、木材にしみ込んでいる水分をポリエチレングリコールに置換(ちかん)する方法です。ポリエチレングリコールという物質は常温では固形を呈していますが、温めることで液状化しますので、約60°ほどの温度にしたポリエチレングリコール液に出土した木製品を浸けておきます。


 また別の方法で、糖(とう)アルコール含浸法という方法もあります。こちらは含浸する物質がPEGではなく、ラクチトールという還元糖(かんげんとう)を利用しているもので、PEGと同じように木材に含まれている水分をラクチトールに置換することで、木材の腐敗を抑えられるのです。ラクチトールには耐熱、耐酸、低吸湿性があります。また、この方法はPEG含浸法と比べると含浸に要する時間が短いことや、含浸後の色調がもとの色調に近いままでいられることなどから重宝されています。


 先に紹介した水につけておいて腐敗の進行を遅らせる方法は、水が腐ってしまう度に換えなければならないことや、木製遺物を実測や写真撮影する際に水浸しの状態のままで行なわなければならないといった問題があります。さらに空気が遮断(しゃだん)され木材腐朽菌は繁殖しませんが、木材自体がふやけて繊維が壊れてしまったりするので、一時的な保管方法といわざるを得ません。

 こうしたことを考えると、化学的な方法で保存処理するにこしたことはないのですが、専門の機関に委託して処理を行なうにしろ自前で行なうにしろ、相当の予算が必要となります。当センターでは予算の関係もあって、すべての木製品を化学的な保存処理を行なうことはできず、やむを得ず水につけておくという一時的な保存方法を行なっているのが現状です。

写真は、国指定史跡称名寺旧境内地内遺跡から出土した樋状木製品

 

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